保険契約者は保険者に対し、生命保険契約に基づき、解約返戻金請求権(及び解約権)を有していますが、現実に生命保険契約締結の手続きをした者(以下「行為者」と言う。)ないし自己の出捐により保険料を支払った者(以下「出捐者」と言う。)と保険申込書や保険証券に表示された保険契約者(以下「名義人」と言う。)が異なる場合、誰が保険契約者としての権利を取得するのかが問題になります。
方針
当該生命保険契約に関する、以下の諸般の事情を考慮して、契約締結手続に関与したものが外部に表示した意思を合理的に解釈することにより、契約当事者が誰であるかを確定することになります。
- ①当該生命保険の内容(保険契約者・被保険者・保険金受取人・保険金額・保険料・保険期間・その他特約等)
- ②保険料の支払方法及び出損者
- ③名義人・行為者及び出捐者の関係・年齢・職業・収入及び生活状況
- ④行為者の動機・目的及び契約締結手続の際の言動
- ⑤保険者及び名義人の認識
- ⑥届出印及び保険証券の保管状況
- ⑦契約者貸付の利用の有無、利用がある場合は貸付金の受領者とその使途
- ⑧配当金の分配方法を考慮して、契約締結手続に関与した者が外部に表示した意思
今回の件では、行為者兼出捐者が名義人の使者ないし代理人として保険契約を締結し、名義人に対して保険料支払資金を贈与してきたものと認められる可能性が高いと考えられます。
また、以下の場合でも名義人が当該生命保険の存在を認識していることが明らかですので、名義人が保険契約者として解約返戻金請求権を有するものと認められる可能性が高いです。
- ①所得金額の計算上、生命保険料控除を受けている場合
- ②契約者貸付を利用している場合
- ③特約に基づく給付金を受領している場合
行為者兼出損者が届出印及び保険証券を保管し、保険料も全て払い、名義人が当該生命保険の存在を全く認識していなかったような場合には、その他の具体的事情によっては行為者兼出捐者を契約当事者とみる可能性があります。
参考
名義人(行為者兼出捐者の夫とその先妻との間の子及び同人の子2名)と行為者兼出捐者との間で、簡易生命保険契約(廃止前の簡易生命保険法5条1項)に基づく解約還付金(同法69条1項)の帰属をめぐり、保険契約者が誰であるかが争われた事案において、行為者兼出捐者が現実に契約締結手続をし、保険証書及び届出印章を自ら保管して自己の出捐により保険料の支払を継続してきた場合、同人が名義人の代理人等として上記行為をしたものと認め得るような事情の無い限り、保険契約者は行為人兼出捐者である。と判示した大阪高判平成7年7月21日(金融商事判例1008号25項)があります。
但し、保険会社に本人確認が義務付けられている近年の契約については、上記判例がそのまま妥当するとは限りません。慎重な検討が必要であると思われます。
結論
今回のケースは、申立人の母が保険料を支出したことについての客観的な証拠が不足している場合や、そもそも申立人と母が家計を同一にしている場合、あるいは、上記のような事情がある場合等には、裁判所は申立人が保険契約者であると認定すると思われます。その場合には、解約返戻金は申立人の財産であると認められることになりますので、今回のように解約返戻金が30万円であれば、破産管財事件として進行させるか、同時廃止決定するためには解約返戻金相当額である30万円分の按分弁済が必要となります。
20万円以上の実質的価値のある資産がある場合には、破産管財事件として進行させて自由財産拡張制度を利用するか、同時廃止決定をするために、その資産を換価するなどして債権者に平等に按分弁済をするか、いずれかの方法を検討していただくようになります。
債務者に一定の財産がある場合には、同時廃止のための要件を欠くものとして、破産管財事件として処理するのが原則ですが、一定の基準の下で、申立代理人等がその財産を換価した上で、債権者に按分弁済することにより、「破産財団をもって破産手続の費用を支弁するのに不足する」状態を作り出し、同時廃止事件としての処理を認める運用をしています。
ただし、合計99万円までの現金及び普通預貯金(以下「現金等」という。)を除いた債務者の財産の実質的価値の総額が100万円を超える事案では、原則として按分弁済による同時廃止を認めていません。
按分弁済の基準
現金等について |
現金等の合計額のうち99万円以下については、按分弁済の対象としておりません。これに対し、99万円を超える場合には、その超過分につき、按分弁済の対象としています。
例:現金等が合計120万円あるとすれば、21万円について按分弁済が必要となります。 |
その他の財産について |
保有している財産を以下の12項目に分類し、評価基準によって定められた財産の実質的価値を各項目ごとに合算し、それが20万円以上である場合には、その全額について按分弁済を要します。按分弁済を要するのは、29万円の超過額ではないので注意してください。
- 預貯金(普通預貯金は現金に準じて取り扱うためここで言う預貯金には含まない。)
- 保険の解約返戻金
- 積立金等
- 賃借保証金・敷金の返戻金
- 貸付金・求償金等
- 退職金
- 不動産
- 自動車
- 貴金属・着物・電気製品
- 株式・会員権等
- 近日中に取得することが見込まれる財産
- 過払い金
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ダブルスタンダード |
上記基準で按分弁済を検討してもなお、現金等及びそれら以外の財産の合計額が99万円を超える場合、超過分について按分弁済を要します。 |
直前現金化について
破産手続開始申立時には現金等の形であったとしても、申立直前のいわゆる、支払不能状態の時期以降に財産を現金化(普通預貯金化も含む。以降同じ。)していた場合には、按分弁済をせずに同時廃止事件として処理するのは、債権者の納得を得られないと考えられます。
そこで、このような場合は現金化される前の状態を前提に、按分弁済の要否及び額を判断します。
例 |
申立の直前に額面30万円の定期預金を解約し、申立時に30万円の現金を保有していても、これを自由財産である現金とは扱わず、現金化される前の定期預金とみる。
同時廃止事件としての処理を進める場合には、その全額について按分弁済を必要とする。 |
申立前に財産を現金化した場合でも、その金員を破産申立費用相当額の弁護士費用や必要最低限の生活費のような「有用の資」に充てた場合は、その部分について按分弁済の対象となりません。
しかし、その現金等について、「将来の有用の資に充てる予定である」という理由で按分弁済の対象から外すことは原則として認められておりません。
なお、現金化して使用した財産がどの範囲で有用の資と認められるかは、具体的な使途のほか、費消金額、現金化の時期と申立時期との関係、当時の収支状況によって判断されます。
財産 |
基準 |
預貯金
保険の解約返戻金
積立金等 |
額面額で評価する。 |
賃借保証金
敷金の返戻金 |
【居住用賃借物件の場合】
契約上の返戻金額から原状回復費用及び明け渡し費用として、60万円を控除し、未払い賃料を控除した金額が評価額となる。
【事業用賃借物件の場合】
原状回復費用等について、見積もり等を提出してもらい実額で判断する。 |
貸付金
求償金 |
原則として、額面額で評価する。
回収することが困難な場合は無価値と評価するが、回収可能性が乏しいことを説明する必要がある。 |
退職金 |
原則として、破産手続開始決定時に退職した場合に支払われるであろう金額の8分の1を実質的価値として評価する。
ただし、退職金が確実に支払われるであろう事情(公務員で退職金は、かつ、自身の退職が近いなど)がある場合には8分の1から4分の1の範囲で割合を判断して評価する。
また、破産者の雇用主からの借入金については、原則として相殺の対象隣ものと考えるため、退職金見込み額から借入金を控除してから上記割合を乗じた額が評価額になる。 |
不動産 |
他の資産と比べ、資産価値が高いと一般的に考えられており、売却価格によっては配当原資となる余剰価値が生ずる場合が想定される。したがってオーバーローンの不動産であっても直ちに無価値とは評価せず、原則として以下の基準によって判断される。
仮に所有不動産の売却が困難であったとしても、下記基準に満たさない場合には、不動産の評価の困難さと相まって、資産価値がないとは判断できないため同時廃止による処理は行わない。
担保設定不動産の被担保債権の残債(以下残債)÷固定資産税評価額の数値 |
基準 |
2を超える場合 |
実質的価値がないものと判断 |
1.5を超えて2までの場合 |
【残債÷不動産の査定書の評価額の数値が1.5を超える場合】
実質的価値がないものとして取り扱う。
【残債÷不動産の査定書の評価額の数値が1.5以下の場合】
資産価値がないものと判断できないため、原則、破産管財事件として処理する。 |
1.5以下の場合 |
資産性がないものと判断できないため、破産管財事件として処理する。 |
なお、上記基準では、無価値と判断されても、不動産価格自体が高額であるなど慎重な判断を要すると認める場合には、複数の査定書・その他の疎明資料の提出を求めることがある。 |
自動車 |
レッドブック又は査定資料により実質的価値を判断する。
ただし、以下の場合は無価値と判断される。
- 日本製の普通自動車であれば、初年度登録から7年を超え、新車時の車両本体価格が300万円未満の場合
- 軽自動車・商用の普通自動車であれば、初年度登録から5年を超える場合
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過払い金 |
以下に続きます |
回収未了の過払い金の合計額 |
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30万円未満の場合 |
過払い金を回収したとしても、回収の際の交渉による減額や回収費用等を考慮すれば、20万円未満と同視できるものとしている。そのため、この場合は破産手続の費用を支弁するのに不足すると認められ、そのまま同時廃止の決定をすることができる。
なお、その後20万円以上の支払を受ける合意ができた場合にも、原則として按分弁済を求めることはない。 |
30万円以上の場合 |
そのままでは、破産手続の費用を支弁するのに不足すると認められない。なお、99万円までの現金及び普通預貯金を除いた所有財産の評価額の合計が100万円以上である場合には、按分弁済による処理をすることは原則としてできず、破産管財手続に移行することになる。 |
過払い金を回収していない場合 |
過払い金の回収をしないままの場合は、額面額の合計額の按分弁済をしない限り、同時廃止決定はできない。 |
過払い金を回収した場合 |
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回収額の合計が
20万円未満の場合 |
財産の価値としてはないものとみなされ、按分弁済は不要。 |
回収額の合計が
20万円~100万円未満の場合 |
その額を按分弁済することによって、同時廃止決定できる。 |
回収額の合計が
100万円以上の場合 |
按分弁済による処理は原則としてできず、破産管財手続に移移行することになる。 |
【回収費用・報酬の妥当性の判断】
申立代理人から按分弁済額及び按分弁済の時期の見込みの報告がされ、同報告の内容(回収額から控除する回収費用・報酬の額及び控除後の按分弁済額)が相当であると判断された場合には、裁判所は原則として同時廃止決定をすることが可能な状態にあります。
ただし、上記回収費用・報酬の額の相当性に疑義があり、これを払拭することができない場合には、按分弁済による処理をすることは許されず、破産管財手続に移行することになります。
強制執行とは、勝訴判決を得たり、相手方との間で裁判上の和解が成立したにもかかわらず、相手方がお金を支払ってくれなかったり、建物等の明け渡しをしてくれなかったりする場合に、判決などの債務名義を得た人(債権者)の申立てに基づいて、相手方(債務者)に対する請求権を、裁判所が強制的に実現する手続です。実務的には、強制執行の申立後、債務者の財産を差し押さえ、競売によって換価し、申立人である債権者に配当されることになります。
ただし、債務者にも生活があるため、生活に必要不可欠な財産・必要最低限度の財産については差し押さえを禁止・差し押さえできないとしています。
【差し押さえできない財産】
- 債務者等の生活に欠くことができない衣服・寝具・家具・台所用具・畳・建具
具体例 |
整理タンス・ベッド・調理器具・食器棚・食卓セット・冷暖房器具
エアコン・衣類・洗濯機・冷蔵庫・電子レンジ・ポット・テレビ
ラジオ・掃除機・ビデオデッキ・パソコン・鏡台など |
ただし、複数ある場合は1つだけが差し押さえ禁止になるものや、これらの中でも高級品ならば差し押さえできるなど、個別の事情によって異なります。
- 債務者等の1月間の生活に必要な食糧及び燃料
- 現金66万円まで(債務者等生活費2か月分として政令で定められた金額)
- 債務者の職業に応じて、その業務に欠くことのできない器具その他の物
具体例 |
【農業従事者等の場合】
農機具・肥料・家畜・飼料
次の収穫までに必要不可欠の種子その他農産物
【漁業従事者等の場合】
漁網他の漁具・えさ・稚魚その他水産物 |
- 実印その他の印で職業又は生活に必要なもの
- 仏像・位牌その他礼拝又は祭祀に必要な物
- 債務者に必要な系譜・日記・商業帳簿等
- 債務者又はその他親族が受けた勲章その他の名誉を表彰する物
- 債務者等の学校等における学習に必要な書類及び器具
- 発明又は著作に係るもので、未公表のもの
- 債務者等に必要な義手・義足・その他の身体の補足に共する物
- 建物その他の工作物について、災害の防止又は保全のため法令の規定により設備しなければならない消防用の機械・器具・避難器具・その他の備品
【差し押さえ禁止債権】
- 給料・給与・賃金・俸給・退職年金・賞与(ボーナス)・退職金など
給料などの債権は、手取り額を基準として、原則として4分の1相当しか差し押さえることができません。ただし、給料などが33万円を超える場合、33万円を超える部分は差し押さえできます。
また、差し押さえの原因となった債権が養育費や婚姻費用などの場合は、差し押さえ割合が2分の1まで引き下げられます。
- 国民年金・厚生年金など各種年金の受給権
- 生活保護受給権
- 児童手当受給権
債務者等の生活や福祉のために支給される公的給付については、差し押さえが禁止されている場合が多いです。